岩と岩を打ち合わせたようなガチンという大きな音がなり、冷や汗が流れる。尻尾をいれると7メートル以上はありそうだが、口よりも盾の方が大きいので、噛みつきは盾で防げるだろう。
位置の有利を取られているのはまずいと判断し、盾を構えてトカゲを中心に大きく時計回りにカニ歩きで移動すると、再び危機感知の感覚に襲われた。
岩を纏ったトカゲは反時計回りにトグロを巻くように体を丸め、渦を巻いた体を元に戻す力を使って鞭のようにしなりを効かせた尻尾を横薙ぎにふるってきた。
咄嗟に踏ん張るように足をガニ股に開き、盾の持ち手に腕を通し、内側に肩と肘を固定するように前のめりに構えて尻尾の一撃を受けると、梵鐘を打ち鳴らしたような音と共に強烈な衝撃を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。ステータスを確認するが、ダメージは受けていなかった。
「尻尾はだめ。狙うなら頭」
自分に言い聞かせるように呟くと、上下の有利不利が無くなったので、盾を前に構えながらゆっくりとトカゲに近づく。
トカゲは頭をこちらに向け、尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけて威嚇している。こちらの戦斧の射程まで近づいたその時、トカゲは大きく口を開けて前進した。
「今!」
噛みつきを盾で防ぎ、口を閉じたばかりの頭に振り上げた戦斧を垂直に叩きつけると、金属を岩に叩きつけたような高音が響き渡り、戦斧を持つ手はビリビリと痺れている。
トカゲの様子を伺うと、額からは赤い鮮血が流れ落ち、衝撃を受けている様子からはかなりのダメージを与えられた事が伝わった。
再び接近しようとすると危機感知が発動する。バックステップをして距離をとると、トカゲは時計回りにトグロを巻き、こちらの様子を伺っているようだ。
「チャンス」
斜面を駆け上がり、振るわれても尻尾の届かない位置まで行くと、今度は斜面を駆け下り助走をつけ、右足で力強く大地を踏み込み、トカゲ目指して斜面と平行に鋭く飛び上がった。
尻尾の先端側から攻められ、遠心力をのせたムチのような攻撃が意味をなさないことを悟ったトカゲは、トグロを解いて迎え撃つように前進してきたがもう遅い。
トカゲが口を開
「あらあら、皆さんお揃いのようですね。それでは始めましょうか」 光に包まれた世界で3人の男女の前で話し始めたのは、煌めく金髪に心の中まで見通すような爛々と輝く銀色の瞳に、彫刻のような端正な顔立ちの一目見たら誰しもが心を奪われてしまうような美女。そう、黒川 夜を人族の国ヒューマニアへと送った女神である。「早いのうオネイローサ。今回で5回目じゃが楽しみで仕方がないわい」 肩まであるウェーブがかった長い白髪に感情の読み取れない白い瞳、所々にシワの刻まれた顔には整った長い口髭と顎髭を蓄えている老人の姿をした神が続いて口を開いた。その口元はニヤリと口角がいやらしく上がっている。武藤 零ニを獣人族の国ビーストリアに送ったジジイと呼ばれていた神だ。「イドモンじいちゃんは毎回悪い顔をしますねぇ。アイギナちゃんの駒はとんでもなく強いのですっ! 今回こそは負けませんからねっ!」 自らをアイギナと名乗るこのほっぺたを朱色に染めた緑色のおかっぱ頭の幼女は、健崎 加無子を巨人族の国アトラストリアへと送った女神である。手をパタパタと動かし、目尻を下げてニコニコと話している。「おいチビ助、まさかまたズルしてねえよな? 前回は属性なしに2つも属性つけて負けてんだぞ?」 高圧的な態度で話すブルーのダブルスーツを着こなす、黒髪をオールバックに纏め上げた英国のモデルのような見た目の男性は、八王子 麻里恵を魔人族の国デモネシアに送ったシドという名の神だ。「ぐっ……。う、うるさいですよっ! シドは相変わらず裏表が激しいですねぇ」「ふぉふぉふぉ、その様子じゃとまた何かやったみたいじゃのぉ。それで負けたら罰ゲーム2倍じゃぞー?」「あらあら、前回お咎め無しにしてあげたのですから、今回は3倍ではないのですか?」「ははは、そりゃいいぜ! 覚悟しとけよクソガキ!」 地球からグリードフィルという異世界へと4人の高校生を強制的に送り出した神たちは、何やら集まって楽しそうに会話をしているようだ。 神達がそれぞれ空中に手をかざすと、テレビのモニターの様に、それぞれが異世界に送った者たちが停
「あ~、夏休みだってのに補習なんて行きたくねぇ……」 俺――黒川 夜(くろかわ よる)は、照りつける太陽の光に目を細めながら、不満を漏らす。 高校2年の夏。数学のテストで壊滅的な点数(詳細は国家機密)を取ってしまったせいで、愛川かえで先生から補習を言い渡された。 しかも、俺だけじゃなく、同じような犠牲者があと3人いるらしい。教科ごとに分かれているせいで、各担当教師との二人きり。地獄のマンツーマンコースを強制されることに。 俺が通ってる白新高校は進学校。勉強はそこそこできるという自負がある。だが数学……てめえはダメだ。 数学とか、人生のどこで使うの……って思っちゃう。「まあ、言い訳だけどさ……はぁ……」 20分ほど歩いてようやく学校に到着。 ワイシャツの下に着ている母親がスーパーで買ってきた安物の肌着が、じっとりと汗を吸って気持ち悪い。 しぶしぶ机に教科書とノートを広げ、適当に漫画を開いて時間を潰していると── ガラガラガラッ…… 教室の扉が開く。 入ってきたのは愛川先生。そしてその後ろには……見知らぬ、異様なほど美しい金髪の女性。透き通るような肌、完璧な顔立ち、モデルどころかこの世のものとは思えないレベルの美貌。彼女は微笑みながら先生の肩にそっと手を置いている。 ……いや、先生の様子、おかしくね? 目の焦点が合っておらず、俺を見ているようでどこか別の場所を見ているみたい。 みんなからかえでちゃんの愛称で親しまれている彼女。栗色のショートカットに、教師らしいスカートタイプのスーツ姿。小動物を思わせる小柄で可愛らしい印象の先生が、なぜか今日は化け物のように感じてしまう。「黒川ぐん……ぎょうヴぁ補習し、じます。頭の悪い子はいでぃまぜん!」 ヨダレを垂らしながら、危ない薬でもやってるんじゃないかってくらい瞳孔が開いた目で俺を睨みつける愛川先生。その姿に、背筋がぞわりと粟立つ。「な、なんかやばくね……?」 絶対におかしい。あんなのかえでちゃんじゃない。 幸い、俺は窓から遠く、出口に近い席に座っている。逃げるなら今だ。自分の感覚を信じて席を立つ。 そして、一目散に走りだ……そうとした。「あら、補習はまだ終わっていませんよ?」 透き通った声が教室に響く。琴の音のように美しく、まるで脳に直接響くような、そんな声が。 金髪の
どれくらい時間が経ったのだろう。 まぶたの裏に、ぼんやりと光を感じる。 そうだ、俺は補習中だったはず……。 そして、金髪の美女に触れられた瞬間、気を失って……。 意識があるんだから、俺はまだ生きてるんだよな。 いや、待て。この感覚、なんか分かるぞ。 ──夢だ! 漫画読んでて寝落ちしたに違いない! 安心しながら、ゆっくり目を開ける……というより、目を覚ますのほうが正しいか。あんな美女、想像の中でしかありえないもんな。ははは……。「は?」 目の前には、何もない光に包まれた世界が広がっていた。 地面もない、壁もない。ただ、眩い光の空間。 そんな中で、どういう原理か分からないが俺は立っていた。 「あれ、俺やっぱ死んだ?」 両手はある、足もある、服も着てるし声も出る。 これが天国ってところなのかな。「おーい、誰かいませんか~? さとしおじいちゃーん!」 大好だったさとしおじいちゃんなら、きっと天国でたくさん友人を作って楽しく暮らしているに違いない。もしかしたらと思った俺は、死んだ祖父の名前を呼んでみた。 しかし、返事はない。その時、背後から声がした。「あら、目が覚めたんですね?」 ──あの美女の声だ。 優しく、心に染み渡るような、俺にとっては生まれて初めて恐怖を感じた声だった。 背筋が凍る。全身が勝手に震えだし、汗が一気に噴き出す。 今回は体の自由は奪われていないようだ。なぜか振り返ろうとする体を全力で否定し、前に向かって走りだす。 光の中を走る。 どこまでも、どこまでも、後ろの恐怖から逃げるために。 心臓が痛い、呼吸が乱れる。 それでも走る。 もう限界だと思ったその時、前方にひときわ強く輝く光が見えた。「で……出口か!?」 最後の力を振り絞り、光へと飛び込む。「あら、いらっしゃい」 そして、俺は膝から崩れ落ちた。世界中の男性を魅了してしまいそうな美しい笑みを浮かべた金髪の美女が、まばゆい光の中から現れたのだ。「体育の補習ではなかったはずですけど、体を動かすのが好きなのかしら?」 美女は口角を上げ、くすりと笑う。「はぁ……ぜぇ……はぁ……ぜぇ……。な、なんですかあなたは?」 もう走れない。逃げれないのなら、対話を試みるしかない。全身の力が抜けるのを感じながら、俺は問いかけた。「あ
「さて、説明してもいいですか? 嫌と言われてもしますけどね」 相変わらずの微笑みを浮かべたまま、女神は話を続ける。 どうやら俺はグリードフィルという異世界へ行かなければならないらしい。そこには巨大な大陸があり、魔人族・獣人族・人族・巨人族の四つの種族が、それぞれ独自の国を築きながら暮らしているそうだ。 ただし、種族間の争いは絶えず、国境付近では小規模な戦争が常に勃発している。そして現在、各勢力の力関係はほぼ拮抗状態にあるとのこと。 俺は人族として転生し、4つの国を統一する手助けをしなければならないらしい。「あなたには人族として転生してもらい、四つの国を統一する手助けをしていただきます」「……いやいや待て待て、俺が? どうやって?」「それはあなた次第ですよ。方法は一つではありませんから、好きにやってください」 完全に他人事のような口ぶりだ。おまけに、めちゃくちゃ大変そうな役目を押しつけられている。「ちなみに、言葉は?」「通じるようにしてありますので、ご安心ください。あなたの得意なギャグも、ある程度は現地の言葉に変換されて伝わりますよ? 面白いと思われるかは分かりませんけどね」 おい、この女神……俺のことバカにしたよな?「ちなみに断ったら?」「断れませんよ?」 女神はくすくすと笑いながら言う。。「ここから先は強制です。あなたが異世界で何もしなくても、寿命が尽きれば終わり。逆に、統一に成功すれば、あなたを元の世界に戻し、補習に復帰させてあげます」「戻るだけかよ……」「それと、ちょっとだけ知能レベルを上げてあげましょうか? そうすればもっと面白いギャグが言えるようになるかもしれませんよ?」「……絶対バカにしてるだろ」 じろりと女神を睨むが、当の本人は涼しい顔だ。「さて、それじゃあ転移の準備をしましょうか。外見はそのままに、グリードフィルで生きていけるよう属性を身に宿した体に作り変わります」 次の瞬間、俺の体が光に包まれる。眩しさに目を細めながら、ふと気づく。 ──服が変わってる!? 麻を編んだような、通気性の良い長袖の上着とズボン。まるでファンタジー世界の農民みたいな格好だ。 控えめに言ってダサイが、まあしょうがないだろう。「さあ、これで異世界転移の準備は完了しました。向こうの生活に合わせて、服装も少し変更しておきまし
「それでですねー、新しい世界ではレベルとステータスという概念が存在します」 女神がさも当然のように言う。 なに、ステータスだと!? ゲームとかでよく見る、あの!? もしかしてこれ、ちょっと面白いんじゃね!? 俺、ラッキーか!? ワクワクしながら、勢いよく叫ぶ。「ステータス!!」 その瞬間、脳内に数値が浮かび上がるような不思議な感覚が広がっていく。 黒川 夜 レベル:1 属性:闇 HP:10 MP:10 攻撃力:5 防御力:5 敏捷性:5 魔力:5 装備 ・村人の服 ・村人のズボン ・麻紐のベルト ・スーパーの肌着 ・クマ模様の靴下(水色) ・スーパーのボクサーパンツ ・薄汚れたシューズ(学校指定) ・麻の袋(大銀貨30枚) スキル ・シャドークロー レベル1「おぉ……」 目の前に広がる数値の羅列。 これは現実世界では味わえない感覚だ。 装備の下のほうは見なかったことにしよう。 クマ模様の靴下とか、異世界に持ち込むアイテムじゃないだろ俺……。 興奮を抑えきれず、ガッツポーズをしていると──「あら、話は最後まで聞いてほしかったのですが」 女神が微笑んでいた。「ステータスを確認するときは、声に出さずに念じるだけで大丈夫ですよ?」「……あっ」「だって、そんな大声で『ステータス!!』なんて叫んでいたら恥ずかしいじゃないですか? みっともないですよ、黒川さん」 言い方よ……。完全にバカにしてるだろ。「ちなみに、人族の成人男性の平均的なレベル1のステータスは、HPとMPが100、その他の能力値は25程度でしょうか」「……え?」「黒川さんは転移者ですから、少し優遇されているはずなのですが……どうでした?」 ちょっと待て。何か、聞き捨てならないことを言われた気がする。「あの、俺のステータス……かなり低いような気がするんですが……?」 まさか、何かの間違いか? おかしいだろ。女神の言う通りなら、もっと凄い数値が出るはずだ。「どれどれ、見てみましょうか……」 女神が俺のステータスを覗き込む。「あらら、あらー。あぁーらららら。……ぷぷっ」「今笑ったよな?」 あらあらっておい……。 異世界転生とか転移ってアニメとかでたまに見るけど、大丈夫なの
近くの茂みが揺れる音が耳に入った。 警戒しながら茂みを注視していると、地面をズリズリと縦横無尽に変形させながら、こちらへ向かってくる物体が見えた。「スライム!?」 そう、あのスライムだ。 流動性の体を持ち、丸く半透明な姿に中心部のコアが輝いている。 どうやら体内に何かの植物を取り込んでおり、ゆっくりと消化しているらしい。 動きは鈍く、危険性も低そうに見えた。直径はバスケットボールより少し大きい程度。「いけるかな?」 手に持っていた石を思いっきりスライムに投げつけた。 ビュッ! バチュン! 核を狙って投げたはずの石は、スライムの表面から約5cmほどのところまで食い込み、そのまま地面に落下。 すると、攻撃を受けたと認識したスライムは、頭頂部を地面側に凹ませ、勢いよく体を伸ばして体当たりを仕掛けてきた。その体当たりは、時速約120kmにも達するかのようなスピードで、直径40cmほどの体液で満たされた球状の物体として突進してくるのだ。「ヒッ……!」 運よく体に掠ることなく、反射神経のみで体当たりを交わすことに成功した……が、直撃していたら5歳児程度のステータスでは大怪我をしていた可能性がある。人生で初めて冷や汗をかくという経験をした。と同時に、思考を停止し一目散に逃げだす。「もっと距離が近かったら、とんでもないことになってた……」 まずはモンスターの脅威を再認識し、どうにかスライムを倒せる作戦を練らなければならない。 あまりにステータスが低いため、人族の成人男性なら力任せに踏みつけるだけで倒せるであろうスライムが、俺にとっては強敵そのものなのだ。 ちなみに、女神が特典かなにかで授けてくれたのか、俺の頭にスライムの情報がある。モンスター図鑑てきなやつかもしれない。 スライムはその核を破壊すれば、体液に含まれる消化能力が消滅する魔力生命体だという。この世界では常識のようだが、俺には到底信じがたい話だ。 ……知らない知識を当然のように知ってるって、なんか怖いね。「近づくと体当たりが来るから、遠くからなんとかしないと……」 周囲を見回すと、ひらめいた。 小石で5cm程度しか削れなかったのなら、樹上からもっと大きな石を落として、核ごと叩き潰せばいいんだ。 俺は直径20cmほどの石を拾い、木に登ってスライムの待ち伏せ
「しっかし、せっかく魔法の世界でスキルが使えるっていうのにさー。木の上から飛び降りて踏み潰す方が強いってどうなの?」 辛うじて成功したとはいえ、先ほどのスライム討伐は苦い記憶だ。ぼそりと独り言をつぶやきつつ林を散策していく。危険を冒す気にはなれず、視界の悪い木々の間ではなく、少し開けた小道をキョロキョロと周囲を観察しながら進む。 あのとき、着地に失敗して足を骨折し、もしあのスライムに完全に捕まっていたら……。じわじわと消化されていたかもしれないという事実には、どうしても目を背けたくなる。「シャドークロウねぇ。どうしたものやら。もしかして、木は切れなかったけどモンスターにはすんごく有効な属性だったり?」 ふいに芽生えた謎の可能性に、わずかばかり心を躍らせる。再びスライムに遭遇すれば、今度こそ俺の『唯一の闇属性』が輝くかもしれないという、無茶な期待を抱いてみたのだ。(体をへこませたら体当たりが来ると予測できるし、一回くら試してみてもいいかも……) 樹上からのとんでもない滑落事故なんて、もう水に流してしまおう。鼻歌交じりに楽観的な気持ちで林の中をどんどん歩いていく。周囲には相変わらず樹木しか見えず、街がどこにあるのかも全く見当がつかない。 そして、増え続ける空腹感に耐えきれなくなったその時、ふと肉厚な葉を持つ一本の樹木が目に留まった。「実の生ってる木も見当たらないし、いっちょこれ、つまんでみますか? ほんのちょっと食べて具合が悪くなったら捨てればいいし。うん、それでいこう!」 ここが異世界だという事実を完全に忘れてしまえば、葉っぱに毒がある樹木なんてそう多くはない。猛毒の恐れを無視した黒川式毒見方法を考案し、少しかじってみる。「おや? レモンの皮のような風味に、甘みは無いが酸味はある。食べれなくは無い……かもな。一発目で当たり引いちゃったかこれ?」 もし本当に猛毒が含まれていたとしたら、1時間ほどで効果が出るだろう。食べかけの葉と、追加で10枚ほど千切ってポッケにしまった。 腹が減ったらどうせ死ぬしと、自嘲気味に笑いながら。 ……そのまま歩き続けて5分くらいたったかな。 うん、こりゃ毒だ。間違いない。「唇と口の中と、葉っぱが通ったであろう内臓の至る所に痒みが生じているな。よし、この葉はカユカユの木の葉と命名し、捨てよう!」 かぶれ
かすかな振動とともに、シャドークローが触れた部分の汚れや埃を落としていく。なんと、木登り中についた汚れが、シャドークローの微妙な摩擦で綺麗になっていくのだ。 スキルを解除して左腕に手を触れると、なんともスベスベになっており、角質さえ削ぎ落としているようだった。「これは街で美顔マッサージ店なんて出したら流行るかもしれない……。って! なんだこの使い方は! 美容じゃなくてモンスター退治に役立てよっ!」 あまりの情けなさに落ち込んでいると、お腹が痛くなってきた。 先ほど食べたカユカユの木の葉の影響だろう。「いたたたたたた……。出るぞこれは……!」 すぐさま茂みに入り、周囲にモンスターがいないことを確認。身構えながら用を足す。 だが、トイレットペーパーなんてあるはずもない。仕方なく、近くの大きめの葉っぱで尻を拭こうと試みたその時、ふとひらめいた。シャドークローなら、手で直接触れずに尻が拭けるんじゃね……と。(右手 シャドークロー) ジジジジジジジ…… 葉っぱで拭くと切れる可能性があるし、面積が狭いから最悪な状況になる恐れがある。 しかしシャドークローなら汚れも綺麗さっぱり。紙で拭くよりいいかもしれない。 ……そう、これはもはやウォシュレット。 シャドークロー改めウォシュレットクローだ!「これはいい使い方を思いついたぞ! ……って、こんなんでいいのか?」 自身のスキルの不甲斐無さに、素直に喜べなかった。「まずいな。日が暮れてきたぞ」 野宿をしてたらスライムに溶かされて死んじゃってました……では済まされない。 最悪な未来を想像し、夜に怯え始める。 早急に街を見つけるため、オレンジ色に染まり始めた森の中を早足に進んでいく。 この世界にも夜はくるらしい。とうぜん夜行性のモンスターも存在するだろう。 視界の悪い夜は、昼間とは危険度が大幅に違う。 女神が言っていた通り、この辺りは人族成人男性基準では危険なモンスターも少ないはずだが、5歳児レベルの俺には到底太刀打ちできそうにない。 半日以上も食事を取っていないうえ、水分もほとんど摂っていないため、体調はかなり危うい状態だ。「……いや、どうすんだこれ?」 やがて、辺りは漆黒の闇に包まれてしまった。自分の手のひらさえも見えないほどの暗闇。 木々の隙間からも、かすか
「あらあら、皆さんお揃いのようですね。それでは始めましょうか」 光に包まれた世界で3人の男女の前で話し始めたのは、煌めく金髪に心の中まで見通すような爛々と輝く銀色の瞳に、彫刻のような端正な顔立ちの一目見たら誰しもが心を奪われてしまうような美女。そう、黒川 夜を人族の国ヒューマニアへと送った女神である。「早いのうオネイローサ。今回で5回目じゃが楽しみで仕方がないわい」 肩まであるウェーブがかった長い白髪に感情の読み取れない白い瞳、所々にシワの刻まれた顔には整った長い口髭と顎髭を蓄えている老人の姿をした神が続いて口を開いた。その口元はニヤリと口角がいやらしく上がっている。武藤 零ニを獣人族の国ビーストリアに送ったジジイと呼ばれていた神だ。「イドモンじいちゃんは毎回悪い顔をしますねぇ。アイギナちゃんの駒はとんでもなく強いのですっ! 今回こそは負けませんからねっ!」 自らをアイギナと名乗るこのほっぺたを朱色に染めた緑色のおかっぱ頭の幼女は、健崎 加無子を巨人族の国アトラストリアへと送った女神である。手をパタパタと動かし、目尻を下げてニコニコと話している。「おいチビ助、まさかまたズルしてねえよな? 前回は属性なしに2つも属性つけて負けてんだぞ?」 高圧的な態度で話すブルーのダブルスーツを着こなす、黒髪をオールバックに纏め上げた英国のモデルのような見た目の男性は、八王子 麻里恵を魔人族の国デモネシアに送ったシドという名の神だ。「ぐっ……。う、うるさいですよっ! シドは相変わらず裏表が激しいですねぇ」「ふぉふぉふぉ、その様子じゃとまた何かやったみたいじゃのぉ。それで負けたら罰ゲーム2倍じゃぞー?」「あらあら、前回お咎め無しにしてあげたのですから、今回は3倍ではないのですか?」「ははは、そりゃいいぜ! 覚悟しとけよクソガキ!」 地球からグリードフィルという異世界へと4人の高校生を強制的に送り出した神たちは、何やら集まって楽しそうに会話をしているようだ。 神達がそれぞれ空中に手をかざすと、テレビのモニターの様に、それぞれが異世界に送った者たちが停
岩と岩を打ち合わせたようなガチンという大きな音がなり、冷や汗が流れる。尻尾をいれると7メートル以上はありそうだが、口よりも盾の方が大きいので、噛みつきは盾で防げるだろう。 位置の有利を取られているのはまずいと判断し、盾を構えてトカゲを中心に大きく時計回りにカニ歩きで移動すると、再び危機感知の感覚に襲われた。 岩を纏ったトカゲは反時計回りにトグロを巻くように体を丸め、渦を巻いた体を元に戻す力を使って鞭のようにしなりを効かせた尻尾を横薙ぎにふるってきた。 咄嗟に踏ん張るように足をガニ股に開き、盾の持ち手に腕を通し、内側に肩と肘を固定するように前のめりに構えて尻尾の一撃を受けると、梵鐘を打ち鳴らしたような音と共に強烈な衝撃を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。ステータスを確認するが、ダメージは受けていなかった。「尻尾はだめ。狙うなら頭」 自分に言い聞かせるように呟くと、上下の有利不利が無くなったので、盾を前に構えながらゆっくりとトカゲに近づく。 トカゲは頭をこちらに向け、尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけて威嚇している。こちらの戦斧の射程まで近づいたその時、トカゲは大きく口を開けて前進した。「今!」 噛みつきを盾で防ぎ、口を閉じたばかりの頭に振り上げた戦斧を垂直に叩きつけると、金属を岩に叩きつけたような高音が響き渡り、戦斧を持つ手はビリビリと痺れている。 トカゲの様子を伺うと、額からは赤い鮮血が流れ落ち、衝撃を受けている様子からはかなりのダメージを与えられた事が伝わった。 再び接近しようとすると危機感知が発動する。バックステップをして距離をとると、トカゲは時計回りにトグロを巻き、こちらの様子を伺っているようだ。「チャンス」 斜面を駆け上がり、振るわれても尻尾の届かない位置まで行くと、今度は斜面を駆け下り助走をつけ、右足で力強く大地を踏み込み、トカゲ目指して斜面と平行に鋭く飛び上がった。 尻尾の先端側から攻められ、遠心力をのせたムチのような攻撃が意味をなさないことを悟ったトカゲは、トグロを解いて迎え撃つように前進してきたがもう遅い。 トカゲが口を開
「無理、できない。」 異世界を統一しろと無理な要求をされたので断ると、僕の目の前では小学4年生くらいの見た目の幼い女の子がプリプリと怒っている。 緑色のおかっぱ頭に潤んだクリクリとした大きな目、吸い込まれるような緑の瞳をした、ほっぺたを真っ赤に膨らませて僕を叱りつけているこの幼女は自分の事を神様だと言っている。 肩甲骨まである真っ直ぐな暗めの栗毛と、クールな見た目で170センチある高身長の自分が一緒にいると、親子と間違われてもおかしくない。「だからぁ、これは絶対なんですぅ……。無理矢理送っちゃいますからねっ!」 夏休み初日の英語の補習で、オリバー先生に手を引かれてやってきたこの幼女、僕を光に包まれた空間に無理矢理連れてきた。「嫌……。僕行きたくない」「もーっ! 勝手に説明しちゃいますからねっ!」「聞きたくない」「健崎 加無子(けんざき かなこ)さんには巨人族になってもらいますからっ!」 目の前を眩しい光が覆い隠す。視界が戻ると、さっきまで腰くらいの位置にあった神様の頭が僕の膝より下にあった。どうやら身長が元の2倍くらいになっているみたいだ。 目の粗い麻の服は、肌が透けて見えるようで恥ずかしいし、胸が大きいので首周りがゆるいのは気に入らない。「ねぇ、1つだけ聞いていいかな? 僕は統一なんて興味無いから何もせず死んでもいいんだけど、それじゃ困るんでしょ?」「はいっ! 非常に困りますっ!」「じゃあ僕の着ていた下着を10セット、服は制服でいいからそれを10セットと靴を5足、サイズを合わせて。後はそれを入れる丈夫なリュックと頑丈な武器と盾を頂戴。そしたら頑張れる。それくらいできるよね?」「ぐっ……。ちょっとステータスって念じて貰えますぅ?」(ステータス) 健崎 加無子 レベル:1 属性:なし HP:2000 MP:0 攻撃力:1000 防御力:1
「ちょっとぉ……。まだ色々聞きたいことがあったのにぃ!」 もっとこの世界について色々聞きたいことがあったのに、強制的に転移させられてしまった。とりあえずスキルを調べてみる。(テイム レベル1:自分より弱いモンスターを従えることができる。弱らせることで格上のモンスターにも発動する。テイムしたモンスターは討伐扱いとなり経験値を取得できる。上限100体)「へぇ、わたしはこの魔法で仲間をどんどん増やしていけばいいわけね」 周囲を見渡すと、遠くに城壁のようなものが見える。おそらく街だろう。ひとまずテイムを試すために、街の方に向かいながらモンスターを探すことにした。 広葉樹や針葉樹など多様な木が生えているが、毒々しい見た目をしているので気味が悪い。おどろおどろしい木々の紫色の葉が風で揺れてガサガサと音をたてるたびにビクンと心臓が跳ね上がる。 怯えるように両手を胸に当て、周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。「きゃっ!」 樹上から目の前に何かが落下してきた。「あー! ゲームで見たことある、スライムだー!」(テイム) 早速スキルを使ってみると、スライムのいる地面に魔法陣のようなものが出現し、そこから伸びる円筒状に薄い緑色の光がスライムを包み込んだ。「仲間になったってことかな?」 光が消えると、今までに感じたことのない親近感に似た感覚がスライムから伝わってくる。「おいでおいでー!」 手招きすると、スライムが一生懸命な様子でズリズリと体を前後に伸び縮みさせながら近づいてきた。「よく見たら可愛いね。わたしの言うこと聞いてくれるの?」 質問してみると、スライムはぴょこんと飛び跳ね肯定してくれているようだ。可愛らしい姿に思わず頬が緩む。「いい子ねぇ。他のモンスターからわたしを守ってくれる?」 お願いしてみると、スライムは再び小さくその場でぴょんと飛び、体で肯定の意思を表した。 愛らしい様子に楽しくなって、しばらくスライムに話しかけてみた。こちら
わたしは今光の中にいる。足が地についた感覚はないけれど、どういう原理か立っている。歩こうと思えば歩けるし、座れもする。 今日は夏休み初日で、古文の補習があった。教室で先生を待っていたら、菊ジイこと菊田先生と、スーツ姿のイケメンが入ってきた。 そのイケメンは、ぱっと見ただけで分かるほど高そうなブルーのダブルスーツを着ていて、艶やかな黒髪のオールバックに、金縁の丸メガネをかけ、燃えるような赤い瞳をしていた。彫りの深い欧米人のような顔立ちで、顔のパーツの一つ一つが大きく、作り物のように整った顔立ちはどこか浮世離れしていた。おそらく外国の方だと思う。 菊ジイは虚な目でずっと下を向いたまま何も喋らず、ただ教壇の後ろに立ち尽くしていた。「こんにちは、お嬢さん。お名前を教えて頂いても?」 まさか外国人だと思ってたイケメンから流暢な日本語が発せられると思わなくて、びっくりして噛んでしまった。「は、八王子 麻里恵(はちおうじ まりえ)でひゅ……す」「麻里恵さん、よろしくお願いしますね」 イケメンが優しく微笑みかけてくる。なんて尊さ。(教育実習生なのかな? だとしたら全力で推していきたいところね! 後で一緒に写真を撮ってもらってカナコちゃんに教えてあげよっと!) 色々と妄想をしていると、ドサッという音がした。菊ジイが倒れたようだ。定年近いと聞いていたし、夏の暑さにやられてしまったのかもしれない。「菊ジイ、大丈夫!?」 慌てて駆け寄り肩を叩くが反応はない。かろうじて呼吸はしているようだ。 イケメンが菊ジイを抱き上げ、日陰に移動して横にさせる。「大丈夫ですよ、安心して下さい。麻里恵さん一緒に来ていただけますか?」 なんだろう、保健室だろうか。「はい、大丈夫です!」 わたしは光に包まれた。 で、今ってわけなんだけと……。「麻里恵さん、気づいたみたいだね」 振り返ると爽やかな笑顔のイケメンがいた。歯がキランと光るエフ
(人か……?) 道を挟んで反対側の森から、身長1メール程の二足歩行の犬といった見た目で、右手に木の棍棒を持った生き物がキョロキョロと辺りを見回しながら出てきた。子供の犬獣人かもしれない。「おいガキ! ここはどこだ?」 茂みから出て眼光鋭く睨みを効かし、近づいていく。「ワン!」 威嚇するように吠えると、二足歩行の小型の犬は棍棒を振り上げこちらに走ってきた。「おい止まれ!」 注意を促すが、止まる様子はない。こちらの左脇腹を狙い棍棒を横薙ぎに振るってきた。子供なのになかなかの身体能力なのは獣人だからであろうか。 2回バックステップをして距離を取る。「おいガキ! 次はねえぞ、止まれ!」 再度注意を促すが、再び棍棒を振り上げ襲いかかってきた。 乱暴に振り下ろされた棍棒を左にサイドステップでかわし、棍棒を持つ手の手首を右足で蹴り上げ、棍棒が手から離れたのを確認してから、右のストレートで顔面を殴りつけた。「キャイン!」 二足歩行の犬は、金切声のような悲鳴をあげて地面に倒れると、脳が揺れているのか立とうとするが膝が笑っており力が入らずなかなか立てないようだ。 右手で棍棒を拾い上げ、トントンと右の肩を叩く。「アホが、痛い目見て分かったか? ここがどこか教えろ!」 話しかけるが返事はない。 ようやく軽い脳震盪から回復したのか、ゆっくりと立ち上がり噛みつこうと大口を空けてこちらに向かってきた。 右手の棍棒て下顎を打つと、顎が外れて大きく頭を傾け、走っていた勢いのまま地面に受け身をとれずに頭から倒れた。「お、おい! 大丈夫か?」 慌ててかけよると、白目を剥いて舌を出し、泡を吹いてガクガクと体を震わせていた。体を揺するが反応は無い。まだ息はあるので死んではいないようだ。目を覚ますまでしばらく待つとするか。 時々肩を叩いて呼びかけるが反応はない。15分くらい経っただろうか、近くの茂みがガサガサと音をたてると、中から透明な水風船を地
「何処なんだよここはよぉー! あんのクソジジイ……次に会ったらタダじゃおかねえぞコラ!」 気づいたら木々に囲まれた見覚えのない森の中にいた。そもそも、さっきまで学校に居たんだけどな。(ステータス) 武藤 零ニ(むとう れいじ) レベル:1 属性:無 HP:250 MP:70 攻撃力:100 防御力:50 敏捷性:100 魔力:40 装備 ・村人の服 ・村人のズボン ・麻紐のベルト ・革靴(ローファー) ・ライター ・タバコ ・麻の袋(大銀貨30枚) スキル ・アイテムボックス レベル1 これがどうやら俺の能力らしい。と、その前になんでこんな事になったのか説明が必要だよな。 夏休みの補習を受けねえとダブっちまうって話だったんで、仕方なく学校に行ったらよ、英語教師のみさきちゃんと変なジジイが現れやがったのよ。 みさきちゃんの様子が変だったんで、嫌な予感がしてジジイをぶっ飛ばしてやろうと思ったんだがよ、俺の体が動かなくなっちまって、気づいたら光の中だ。 突然目の前にクソ白髪が現れたと思ったら、私は神だなんて言いやがる。 ご立派な顎髭をむしり取ってやろうと手を伸ばしたら、変な力で5メートルくらい吹っ飛ばされちまった。 動けなくなった俺に神と名乗るジジイは長ったらしく色々と説明し始めた。ご高説ありがとうございますってか? スキルだ魔法だと訳の分からねえことを抜かしやがったと思ったら、俺の体を青い体毛に覆われた狼男みてえに変えやがった。腹や手足には白い毛が生えていて、体からは犬の臭いがしやがる。 目の前が光に包まれたと思ったら、いつの間にか森の中に立ってたってわけよ。じゃあ、俺の話に戻るとするか。「世界を統一だあ? 獣人以外ぶっ殺しちまえばいいんだろ? 俺をこんな目に合わせたことを後悔させてやるぜ!」 この世界は大き
「こちらトマーテの冷製スープになります」 危ないところだった。ウエイトレスさんが次の料理を運んでくれた。イズハさんはエールのおかわりを頼んでいた。 スープは、ニンニクの食欲をそそる香りと、貝の出汁と白ワインのような味わいが感じられる。オレガノのようなハーブの香りが全体を引き締めているようだ。「このスープも美味しいな! ヨールお前女に合わせて酒飲めねえとモテないぞ!」「な、なるほど! 初めてお酒を飲むから迷惑かけたらまずいかなと思って」「そんなもんは迷惑かけてから気にすりゃいいだろ! 裸でうろつく変質者が何言ってんだか。ほら、飲め飲め!」 言われるがままペースを早める。その後魚料理、肉料理ときて、エールを4杯も飲んでしまった。イズハさんは9杯目のジョッキを掲げている。大分酔いが回ってなんだか楽しくなってきた。「えー、イズハっぴ冷えたエール飲んだことないのー? 今度また行こうよー!」「なんだヨールてめえ酒も喧嘩も弱いくせにあたしを誘おうってか! 上等だかかってこい! わはははははは!」 酔っ払ってティーダ化したヨールとすっかり出来上がったイズハは、最後にデザートを食べ、店を後にした。「よーし、ヨール! もう一件行くかー?」「今日はこれくらいにしてまたにしよう! この街からエールが無くなったらみんな困っちゃうもんねー! だはははははは!」「雑魚だなてめえは! わはははははは!」(次の店に行ったら確実に吐く。俺のシックスセンスがそう告げているぜ……) なんとか難を逃れ、イズハさんを宿まで送って行くことにした。ギルドから歩いて1時間くらいの所に住んでいるらしい。 定期的に肩を小突かれるので、そろそろ俺は死ぬかもしれない。 しばらく歩いていると、カントリー調の歌が聞こえてきた。この世界にも路上ライブをしている人がいるみたいだ。「あれれー、イズハっぴー。歌が聞こえるぞー」「ありゃギータだな。なかなかいい歌じゃねえか!」「これはこれはイズハ隊長、お歌
「いい膝も頂いたことですし、そろそろいきましょうか! レストラン『サルバトーレ』ってところです。」「へー、あそこは人気でかなり並ぶみたいだよ。それと、堅苦しいから敬語はやめようか」 大通りを通ってレストランに向かうと、すれ違う人の視線がイズハさんに集まっている気がする。俺のファッションに釘付けって可能性も否定できないけどね。「クスクスッ……。なぁにあの格好?」「どうせ売れ残りでも掴まされたんじゃないの? 流石にアレはないっしょ?」 こちらを指差してるカップルは間違いなく俺の悪口を言ってるな。 今日の俺はそんな小さな事気にしないよ……と言いたいが、少しは傷つくんだぞ。 馬鹿みたいな格好をしてるのは自覚しているけど。 さて、ここで問題です。手を繋ぐべきでしょうか、繋がないべきでしょうか。 ……答えは簡単! 手を握ろうとしたら人差し指の骨を折られそうになったので、二度と変な真似をしてはいけません!「なあヨール、お前いくつだ?」「そろそろ17歳かなぁ。イズハさんは……いつから冒険者をやってるの?」 危ない危ない。年齢を聞こうとしたら右の拳を握りしめるのが見えた。年齢と体重を聞いた時、俺は死ぬだろう。「あたしは3年くらい前かな? 兄貴と一緒に始めたんだ。居ただろ、青髪のでかいのが。アレがあたしの兄貴。で、あんたは?」「へぇ、ダズさんと兄妹なんだ! あんまり似てないね。俺は1週間くらい前からかな?」「は? そんなんであの赤髪達とダンジョンに潜ったってこと!?」「いや、パトリックさん達は知り合いなだけで俺はソロだったよ。俺が裸で落とし穴からセーフゾーンに落ちた時は、話を作って庇ってくれたんだ。」「な、なおさらおかしいだろ! あたしより弱いのにどうやって……」「まあまあいいじゃない。ちょうど到着したし、続きは店の中で話そうよ!」 サルバトー